拡張現実を利用した視覚情報呈示
概要
拡張現実(AR)とは?
拡張現実(Augmented reality; AR)とは,下の図のように現実世界に直接情報を重ねて提示する技術のことを指します。一般的には視覚的な情報についての技術ですが,他の感覚についてのARも開発されています。ARを使用すると現実世界と情報の両方を同時に視認しやすくなります。また,従来のカーナビゲーションのようにディスプレイの方を見る必要もありません。そのため,直感的でわかりやすく,かつ安全性を高めることが出来ると期待されています。
これは研究室内のARによる視覚情報提示の研究機材です。ハーフミラーとは,鏡のように像を映す性質とガラスのように向こうが透けて見える性質の両方を持った鏡のことです。ハーフミラーを通して液晶テレビに映った画像を見ると,その画像が現実世界の中に浮いているように見えます。更に,偏光フィルタを使用すれば現実世界はそのままで,AR像のみを見えるようにしたり見えないようにしたりすることができます。
ARの問題点
ARで情報を提示すると,現実世界とAR像の間に奥行き差が発生します。そのため,例えばAR像を見てから現実世界を見ようとすると,注意の奥行き移動をする必要があります。人間の注意の量は有限であり,注意の奥行き移動をすることによって消費されてしまいます。また,注意の奥行き移動には時間がかかることが知られています。そのため,AR使用時には眼球運動をしなくても注意が消費されて飛び出しなどの重要な変化を見逃してしまうかもしれません。
もう一つARの使用に際して重要な問題があります。上の図でも分かる通り,AR像によって現実世界が隠されてしまい,観察しにくくなることです。上の図では道路が隠れてしまっており,運転に影響を与えるかもしれません。これも現実世界の重要な情報を見逃す要因になる可能性があります。
これまでの研究
AR使用時の有効視野について
これまでの研究では,AR像を両眼・単眼に提示したときの違いについて定量的に表すことを目指してきました。そのためにARを使用しているときの有効視野を両眼・単眼提示で比較しました。有効視野とは視覚的な情報を貯蔵・処理できる範囲のことを表します。有効視野の広さは使用できる視覚的注意資源の量によって変化すると考えられています。例えば,AR像を視野の中心で見ながら,視野の周辺部で起こる変化を検出する課題があったとします。視野中心部の課題が難しいほど視覚的注意資源は消費されるので,視野周辺部で使用できる注意の量は少なくなります。そのため,有効視野は狭くなります。
つまり,AR像の観察によって注意が消費されやすければ有効視野は狭くなり,注意が消費されにくければ有効視野は広くなります。有効視野が狭くなると,道路脇からの飛び出しなど,視野周辺部での出来事に気づかなかったり,気づいても反応が遅れたりします。
これまでの研究により,ARの単眼提示の方が両眼提示よりも有効視野は広くなることが示されてきました(Kitamura, Naito, Kimura, Shinohara, Sasaki, Okumura, 2014a)。これは,両眼提示のときはAR像と現実世界との間で奥行き差が明確に知覚されるため,注意の奥行き移動が生じ,結果として注意資源が消費される一方で,単眼提示のときはAR像と現実世界との奥行き知覚が曖昧で,AR像と現実世界との間の注意の奥行き移動が緩和されるためであると考えられます(木村・北村・内藤・ 篠原・ 佐々木・ 奥村, 2012)。
AR使用時の現実世界との重なりについて
AR像が現実世界を隠してしまう問題についても検討を行ってきました(Kitamura, Naito, Kimura, Shinohara, Sasaki, Okumura, 2015a)。上の図のように,AR像が現実世界の星形を覆うような状態で,星形の枠線の間をなぞるという課題を行いました。両眼提示では両目ともにAR像によって星形の観察が妨害されますが,単眼提示ではAR像が提示されていない方の目で現実世界を観察できます。この実験の結果,単眼提示では両眼提示よりも星形の観察が主観的には容易になり,枠線をなぞる正確さも高まることが示されました。
このように,ARの安全利用のため,AR使用時の視覚的注意の特性について理論と応用をつなぐ研究をしています。
科研費研究
「単眼で視認する拡張現実ディスプレイの実際場面での利用-認知過程の解明と有効性検証」(2017-2020)
本プロジェクトの成果:15,17,18,19,20,23,24
研究発表
- 木村貴彦, 北村昭彦, 内藤宏, 篠原一光, 佐々木隆, 奥村治彦 (2012). 両眼・単眼に提示された虚像に対する情報処理(1):虚像の大きさと背景画面の違いに基づく距離評価. 日本心理学会第76回大会発表論文集,596. PDF
- 北村昭彦, 内藤宏, 木村貴彦, 篠原一光, 佐々木隆, 奥村治彦 (2012). 両眼・単眼に提示された虚像に対する情報処理(2):有効視野を用いた注意特性の検討. 日本心理学会第76回大会発表論文集,597.PDF
- Akihiko Kitamura, Hiroshi Naito, Takahiko Kimura, Kazumitsu Shinohara,Takashi Sasaki, Haruhiko Okumura (2013). Useful field of view in augmented reality: comparison between distribution of attention under binocular and monocular observation, Proceedings of The International Display Workshops,20, 1442-1445.
- Akihiko Kitamura, Hiroshi Naito, Takahiko Kimura, Kazumitsu Shinohara, Takashi Sasaki, Haruhiko Okumura (2014a). Distribution of attention in augmented reality: comparison between binocular and monocular presentation. IEICE Transactions on electronics,E97-C,11,1081-1088. PDF
- Akihiko Kitamura, Hiroshi Naito, Takahiko Kimura, Kazumitsu Shinohara, Takashi Sasaki, Haruhiko Okumura (2014b). The superiority of widespread monocular augmented reality presentation in a manual tracing task. Proceedings of The International Display Workshops,21, 1337-1340.
- 北村昭彦, 内藤宏, 木村貴彦, 篠原一光 (2014). 拡張現実使用時の注意移動特性 空間手がかり法による両眼提示と単眼提示の比較. 日本心理学会第78回大会発表論文集,640.PDF
- 藤原悠史, 篠原一光, 紀ノ定保礼, 木村貴彦 (2015). 両眼・単眼に提示された虚像に対する情報処理(3):提示位置の異なる虚像に対する距離知覚. 日本心理学会第79回大会発表論文集, 633. PDF
- 篠原一光, 藤原悠史, 紀ノ定保礼, 木村貴彦 (2015). 両眼・単眼に提示された虚像に対する情報処理(4):虚像から背景への注意移動と刺激検出パフォーマンス.日本心理学会第79回大会発表論文集, 634. PDF
- Akihiko Kitamura, Hiroshi Naito, Takahiko Kimura, Kazumitsu Shinohara, Takashi Sasaki, Haruhiko Okumura (2015a). Comparison between Binocular and Monocular Augmented Reality Presentation in a Tracing Task. 映像情報メディア学会誌, 69(10), J292-J297. PDF
- Kazumitsu Shinohara (2015). Psychological research issues on visual attention while using head-up display. SIGGRAPH ASIA'15
- Akihiko Kitamura, Hiroshi Naito, Takahiko Kimura, Kazumitsu Shinohara, Takashi Sasaki, Haruhiko Okumura (2015b). Visibility and Accuracy in a Monocular Augmented Reality System. SIGGRAPH ASIA'15
- Haruhiko Okumura, Takashi Sasaki, Aira Hotta, Kazumitsu Shinohara (2015). Monocular AR display for automobile navigation and safety driving. SID Symposium Digest of Technical Papers,41,S1,64.
- 北村昭彦, 紀ノ定保礼, 木村貴彦, 篠原一光, 佐々木隆, 奥村治彦, 堀田あいら (2016). 両眼式及び単眼式拡張現実提示時における中心視負荷が視野周辺の情報処理に与える影響. ヒューマンインタフェースシンポジウム2016論文集, 417-422.
- 藤原悠史, 篠原一光, 木村貴彦, 紀ノ定保礼 (2016) ヘッドアップ・ディスプレイ(HUD)利用による運転パフォーマンスとメンタルワークロードへの影響ーHUDの単眼提示と両眼提示の比較. 日本人間工学誌,52, 404-405.
- Akihiko Kitamura, Yasunori Kinosada, Kazumitsu Shinohara (2017). Change blindness in augmented reality: Solution by monocular presentation. Vision Sciences Society 2017 17th Annual Meeting.
- 藤原悠史,篠原一光,北村昭彦,佐々木誠 (2018) 視覚的作業支援情報の操作対象物に対する追従提示の効果の検討, 人間工学会第59回大会発表論文集, 2G1-2.abstract
- Akihiko Kitamura, Yasunori Kinosada, Takahiko Kimura, Kazumitsu Shinohara, Takashi Sasaki, Haruhiko Okumura, Aira Hotta (2018). Superiority of Monocular Augmented Reality when Continuous Viewing is Required. SID Symposium Digest of Technical Papers, 49, 1, 721-724. Abstract and PDF full-text
- 北村昭彦 (2019) 拡張現実使用時の変化の見落としにおける妨害刺激の特徴の影響 -両眼・単眼提示の比較- 第17回注意と認知研究会合宿研究会予稿. 13
- Kitamura et al. (2019) Monocular presentation attenuates change blindness during the use of augmented reality. Frontiers in Psychology, 10, 1-12, 10.3389/fpsyg.2019.01688 PDF full-text
- 篠原一光・桑江良周・北村昭彦 (2019) 拡張現実空間での視覚探索:単眼・両眼提示の比較 日本人間工学会第60回大会 2B3-1 PDF
- 藤原悠史, 篠原一光, 北村昭彦, 佐々木誠 (2019) 視覚的作業支援情報の操作対象物に対する追従提示の効果の検討, 人間工学 55(3) 67 - 73 PDF
- 藤原悠史・北村昭彦・篠原一光・佐々木誠 (2019) 3次元空間内での作業におけるヘッドアップディスプレイの利用が作業パフォーマンスと作業負担に及ぼす影響の検討, 2019年度日本人間工学会関西支部大会講演論文集 41 - 42
- 伝保昭彦・篠原一光 (2020) 妨害刺激の特徴が拡張現実使用時の変化の見落としに与える影響 成蹊大学理工学研究報告 57 13-20
- 伝保昭彦・木村司・篠原一光 (2020) 拡張現実像の単眼提示時における低頻度妨害刺激に対する情報処理の検討 日本心理学会第84回大会 PI-013
- Dempo, A., Kimura, T., & Shinohara, K. (2021). Perceptual and cognitive processes in augmented reality – comparison between binocular and monocular presentations. Attention, Perception, and Psychophysics, 84, 490-508. Abstract and PDF Full-Text